サタデーナイト・ショートノベル Yokohama Bay K. 第3話
「はい、どうぞ。お通し」 「美味しそうな卵焼きだ。おっ、枝豆入り!得意なやつだね」 天井の照明が放つやわらかい光が、ゼブラ柄だが和のテイストを感じさせる小洒落た小皿に載った卵焼きの美味しさ、色合いを一層引き立てる。 俺は、シャンパンを一口飲んでは、卵焼きをつまんでみた。 「うん、うまい。この味だよね、懐かしい味」 「一樹は、いつも美味しいって言ってくれるから、ほんと嬉しい。作り甲斐があるよね」 「歌穂の卵焼きはさ、美味しいお寿司屋さんの卵焼きに負けないと思う。それに、枝豆の入った卵焼きなんて、歌穂が作ってくれるまで食べたことなかったしね。初めて食べた時は、凄く感動したよ」 「昔、そういえば一樹の職場にお弁当作って持ってったことあったね。懐かしいなぁ。でも最近のお寿司屋さんって、卵焼きを一から作ってるとこって、少なくなったよね」 「そう思う?卵焼きで寿司屋の格が決まるって、死んだ親父から聞いたことがあるけど。なんかさ、日本の美味しい食文化がこのままだと、近い将来潰えてしまうんじゃないかって心配しちゃうよな」 「確かにそうかも」と相づちを打ちながら、歌穂が空になったグラスにドンペリをつぎ足してくれる。グラスの中を見やるとシャンパンの小さな気泡が勢いよく上がっていくのがよくわかる。 「そうそう、今日パクチー餃子を作ってみたの、ベトナム料理。パクチー大丈夫だったっけ?食べてみる?ヘルシーだよ」 「いいねー。もちろん。餃子好きの俺だけど、パクチー餃子は食べたことがないな。楽しみ」 すると、お店の電話が鳴った。 歌穂は「ちょっと、ごめん」と言いながら、受話器を取った。 「はい、ヨコハマ・ベイ・ケイでございます」 お店の壁に掛けられた時計の針は夜の20時半をまわっていた。(つづく)