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サタデーナイト・ショートノベル Yokohama Bay K. 第3話

「はい、どうぞ。お通し」 「美味しそうな卵焼きだ。おっ、枝豆入り!得意なやつだね」 天井の照明が放つやわらかい光が、ゼブラ柄だが和のテイストを感じさせる小洒落た小皿に載った卵焼きの美味しさ、色合いを一層引き立てる。 俺は、シャンパンを一口飲んでは、卵焼きをつまんでみた。 「うん、うまい。この味だよね、懐かしい味」 「一樹は、いつも美味しいって言ってくれるから、ほんと嬉しい。作り甲斐があるよね」 「歌穂の卵焼きはさ、美味しいお寿司屋さんの卵焼きに負けないと思う。それに、枝豆の入った卵焼きなんて、歌穂が作ってくれるまで食べたことなかったしね。初めて食べた時は、凄く感動したよ」 「昔、そういえば一樹の職場にお弁当作って持ってったことあったね。懐かしいなぁ。でも最近のお寿司屋さんって、卵焼きを一から作ってるとこって、少なくなったよね」 「そう思う?卵焼きで寿司屋の格が決まるって、死んだ親父から聞いたことがあるけど。なんかさ、日本の美味しい食文化がこのままだと、近い将来潰えてしまうんじゃないかって心配しちゃうよな」 「確かにそうかも」と相づちを打ちながら、歌穂が空になったグラスにドンペリをつぎ足してくれる。グラスの中を見やるとシャンパンの小さな気泡が勢いよく上がっていくのがよくわかる。 「そうそう、今日パクチー餃子を作ってみたの、ベトナム料理。パクチー大丈夫だったっけ?食べてみる?ヘルシーだよ」 「いいねー。もちろん。餃子好きの俺だけど、パクチー餃子は食べたことがないな。楽しみ」 すると、お店の電話が鳴った。 歌穂は「ちょっと、ごめん」と言いながら、受話器を取った。 「はい、ヨコハマ・ベイ・ケイでございます」 お店の壁に掛けられた時計の針は夜の20時半をまわっていた。(つづく)

サタデーナイト・ショートノベル Yokohama Bay K. 第2話

「ひさしぶりだねー。来てくれてありがとう。何年ぶり?」歌穂が、大きな黒い瞳を輝かせながら言う。 髪の毛は、相変わらずの明るいブラウンカラーにロングヘアー。柔らかい雰囲気の白の襟シャツ。細長い指には、艶感がたまらないナチュラル感たっぷりのヌードなネイル。 変わってない。そう、俺は思った。 「何年ぶりだろう。5年ぶりぐらいじゃない?もう、もしかしたら会うことないかなって、思ってたよ」 「そう?あたしも、いろんなことで疲れちゃってしばらく海外逃亡しちゃってたからね。そう思われても仕方ないか」 「横浜のロケーションとしては、ビールで一杯目は行きたいところだけど、歌穂の新たな門出を祝うということで、シャンパンで乾杯しよう」 「一樹、ありがとう。あるわよ、ドンペリ。いま開けるから。待ってて。さぁ、立ってないで、座ってよ。ゆっくりして」 ニューヨークのソーホーあたりのお店にありそうなアンティーク調の椅子に、俺は腰を下ろした。 カウンターには、歌穂お得意の美味しそうでカラフルな世界各国のお惣菜たちが、暖色系のお皿とともに所狭しと広げられている。木製の壁には1980年代に流行ったような大きなラジカセが組み込まれるようにしてオブジェになっている。 「壁にラジカセ?オブジェ?面白いんだけどさ」 「あ、そのラジカセは、前にミラノに行った時にセレクトショップで売ってたやつ。ラジカセがリバイバルだってことで、面白くなって買って持って来ちゃったの。オブジェというか、ちゃんと、それ音出るからね。友達のDJが編集してくれたカセットテープあるけど、かける?」 「それは当然、ソウル、ファンク系だよね?」 「もちろんでしょー」 横浜といえば、ソウルミュージックをBGMにしたいところではある。 「うーん、やっぱりいいや。あとで」 「そう。わかった」 しばらくは無音の世界で数年ぶりの再会という時を過ごしたい…そんな気がしたのだった。(つづく)

サタデーナイト・ショートノベル Yokohama Bay K. 第1話

横浜港側から吹いてくる少し冷たい強めの海風を背中に受けながら、俺は、K.の重い扉を開ける。すると、以前と変わらぬ彼女の笑顔が飛び込んできた。 初めて入るその店内は、あまり広くない。簡素だが、全体的にウッディーな雰囲気は、テーブルに並べられた木製のフォークやスプーンの懐かしいやさしいフォルムも手伝って、一日の仕事を終えて少々疲れ気味の俺にとっては、どこか暖かみを感じさせるものだった。そして、目の前にいる彼女は、確かに歌穂に違いなかった。(つづく)